絵画銅鐸を考える
─卑弥呼殺害の図
銅鐸の中にはいわゆる絵画銅鐸と呼ばれる銅鐸群があり、鐸身に多種の線画が鋳出されている。その中で、一つ重要な絵を指摘しなければならない。それは、扁平鈕式銅鐸の兵庫県桜ヶ丘(旧神岡 かみか)銅鐸5号にある「三人の争い図」である(図4)。
同様の男女の争いの図を、福井県井向1号銅鐸(外縁付鈕式銅鐸)と奈良県石上2号銅鐸(突線鈕式銅鐸)が持つ。これらも、「卑弥呼殺害」を描いたものと、私は思う。
絵画銅鐸にはその他、脱穀(あるいは製粉、餅つき)、鹿狩り、猪狩り、魚釣り、水鳥(おそらくサギ)、魚、スッポン、イモリ、カエル、ヘビ、沢ガニ、蜘蛛、カマキリ、トンボなどが描かれており、それらが何を意味するかいろいろ論議がある。私は、全て食糧とみる。全てが、日照にはぐくまれた食糧、つまり「日のめぐみ」なのだ(図5)。
思い起こして欲しい。記紀神話に、天波士弓(あめのはしゆみ)=天麻迦古弓(あめのまかこゆみ)と天波波矢(あめのははや、天羽羽矢)=天加久矢(あめのかくや)が登場する。また、天麻迦古弓(あめのまかこゆみ)と天真鹿児矢(あめのまかこや)も登場する。この「加久」は「鹿児」のことであり、「麻迦古」は「真鹿児」のことである。したがって、天波士弓と天羽羽矢、天麻迦古弓と天真鹿児矢はともに「鹿を射るための弓と矢」である。絵画銅鐸に「弓で鹿を射る」モチーフが多くある。天照大神神話を伝承したのが、大和王権に仕えた邪馬台国の猿女君の後裔であると、私は考えている。であるならば、「卑弥呼の銅鐸」に「弓で鹿を射る」図が多く描かれていても、不思議ではない。つまり、銅鐸の「弓で鹿を射る」図には、天麻迦古弓や天真鹿児矢が描かれているとみることができ、「卑弥呼の銅鐸」に、記紀神話のモチーフがあると考えることは、合理的である。
*現在では、鹿肉はE型肝炎ウイルスを保菌する。生食は避ける方が望ましい。

第四章
