豊玉毘売の出産

   そして、海神宮に至った山幸彦は海神王の娘の豊玉毘売と見初め合い、結婚して三年間過ごす。山幸彦は、兄の海幸彦の釣鉤をマダイから取り戻した後、一尋和邇に乗って陸上に還る。その後、臨月の豊玉毘売が、妹の玉依毘売に付き添われて山幸彦の許を訪れ、海岸に作られた産屋で出産する。豊玉毘売が産屋に入る際、「妾今本の身を以て産まむ。願わくば妾をな見たまいそ。」という。その本性は八尋和邇であり、のたうちながら児(鵜葺草萱不合)を産む。この八尋和邇と一尋和邇については後で考察する。昔も今も同じで、女性は出産時の姿態(性器を露にし、陣痛にわめき、もだえる姿)を夫に見られたくないし、夫は見ることは避けるべきである。しかし、山幸彦は覗いてしまった。産屋での出産時の姿を見られて、恥をかいたと女性が思うのは至極真っ当である。豊玉毘売は、出産時の姿態をみた山幸彦のもとを去る。この妊婦の心情、および最愛の我が子を残して愛人の許を去らねばならない悲恋を物語る説話や謡も猿女君の脚色であるといえよう。そして、海神宮から来た妹の玉依毘売が、鵜葺草萱不合(うがやふきあえず)を養育するのである。その後、玉依毘売は鵜葺草萱不合と結婚して、五瀬、稲氷、御毛沼および磐余彦(後の神武天皇)を儲けることになる。